芳辞 · 楚辞を読む

招魂

伝 宋玉(作者には異説がある)

四方と上下の危険

この篇には、まだ人による朗読録音がありません。

朕幼清以廉洁兮,身服义而未沬。

朕幼くして清にして以て廉潔、身に義を服して未だ沬まず。

私は幼いころから清らかで、廉直で汚れなく、身をもって道義を行い、いまだ一度も怠けやめたことがなかった。

主此盛德兮,牵于俗而芜秽。

此の盛徳を主りて、俗に牽かれて蕪穢す。

私はこの盛んな美徳を守り続けてきたが、世俗の人々に引きずられて、荒れ果て汚れてしまった。

上无所考此盛德兮,长离殃而愁苦。

上に此の盛徳を考ふる所無く、長く殃に離りて愁苦す。

君主はこの盛んな美徳を調べ見ることなく、私は長らく災いにあって、ただ愁いと苦しみを抱くばかりである。

帝告巫阳曰:“有人在下,我欲辅之。魂魄离散,汝筮予之。”

帝巫陽に告げて曰く、「人有りて下に在り、我之を輔けんと欲す。魂魄離散す、汝筮して之に予へよ」と。

天帝は女巫の巫陽に告げて言った、「下界に一人の賢人がいる。私はその者を助けたいと思う。その魂魄は離れ散ってしまった。お前は蓍草で占って魂魄を探し出し、その者に返してやれ」と。

巫阳对曰:“掌梦!上帝其难从。若必筮予之,恐后之谢,不能复用。”

巫陽対へて曰く、「掌夢なり。上帝其れ従ひ難し。若し必ず筮して之に予へば、後の謝りて、復た用ふること能はざらんことを恐る」と。

巫陽は答えて言った、「それは本来、掌夢の官の職分だ。上帝のこの命令には実に従いがたい。もし必ず占ってから魂魄を返すとなれば、後世の人々が怠り、占筮の法が廃れて、二度と用いられなくなることが心配だ」と。

巫阳焉乃下招曰:魂兮归来!去君之恒干,何为四方些?

巫陽焉に乃ち下りて招きて曰く、魂よ帰り来たれ。君の恒幹を去りて、何為れぞ四方にする。

そこで巫陽は下界に降りて魂を招いて言った、魂よ、帰って来い。お前は常に住む身体を離れて、どうして遠く四方へ行こうとするのか。

舍君之乐处,而离彼不祥些!魂兮归来!东方不可以讬些。

君の楽処を舎てて、彼の不祥に離る。魂よ帰り来たれ。東方は以て託すべからず。

お前は安楽な楚の住まいを捨てて、あの不吉な土地へ行って災いに遭っている。魂よ、帰って来い。東方は身を託すことのできない所だ。

长人千仞,惟魂是索些。

長人千仞、惟だ魂をのみ是れ索む。

そこには身の丈千仞の巨人がいて、ひたすら人の魂を探し求めて食らう。

十日代出,流金铄石些。

十日代はる代はる出でて、金を流し石を鑠かす。

十の太陽が代わる代わる昇り、その熱で金属は溶け流れ、石は溶け崩れる。

彼皆习之,魂往必释些。

彼は皆之に習へども、魂往かば必ず釈けむ。

そこの人々は皆その酷熱に慣れているが、魂が行けば必ず焼かれて溶け散ってしまう。

归来兮!不可以讬些。

帰り来たれ、以て託すべからず。

帰って来い。東方は身を託すことのできない所だ。

魂兮归来!南方不可以止些。

魂よ帰り来たれ、南方は以て止まるべからず。

魂よ、帰って来い。南方もまた、留まって身を落ち着けることのできない所だ。

雕题黑齿,得人肉以祀,以其骨为醢些。

雕題黒歯、人肉を得て以て祀り、其の骨を以て醢と為す。

そこの人々は額に文様を刻み、歯を黒く染め、人の肉を手に入れれば祭りに供え、その骨は刻んで塩辛にする。

蝮蛇蓁蓁,封狐千里些。

蝮蛇蓁蓁として、封狐千里なり。

毒蛇の蝮が群れをなしてうずくまり、巨大な狐が餌を求めて千里を駆け回る。

雄虺九首,往来倏忽,吞人以益其心些。

雄虺九首、往来倏忽として、人を呑みて以て其の心を益す。

九つの頭を持つ雄の虺は、稲妻のように素早く行き来し、人を呑み込んでその毒の心を強める。

归来兮!不可久淫些。

帰り来たれ、久しく淫すべからず。

帰って来い。南方に長くさまよっていてはならない。

魂兮归来!西方之害,流沙千里些。

魂よ帰り来たれ、西方の害は、流沙千里なり。

魂よ、帰って来い。西方の災いは、昼も夜も流れ動く砂漠が千里も続いていることだ。

旋入雷渊,爢散而不可止些。

旋りて雷淵に入り、爢散して止むべからず。

渦を巻いて雷神の深淵に巻き込まれ、体は粉々に砕け散りながら、なお止まることができない。

幸而得脱,其外旷宇些。

幸ひにして脱るるを得るも、其の外は曠宇なり。

運よく逃れ出たとしても、その外にはただ広々として人のいない荒野が広がるばかりだ。

赤蚁若象,玄蜂若壶些。

赤蟻は象の若く、玄蜂は壺の若し。

そこの赤い蟻は象のように大きく、黒い蜂は干した瓢のように大きい。

五谷不生,丛菅是食些。

五穀生ぜず、叢菅をのみ是れ食らふ。

五穀は実らず、人々は群がり生える柴草と菅茅ばかりを食べている。

其土烂人,求水无所得些。

其の土は人を爛れしめ、水を求むるも得る所無し。

そこの土地は人の肉を焼きただれさせ、水を探しても手に入れる所がない。

彷徉无所倚,广大无所极些。

彷徉して倚る所無く、広大にして極まる所無し。

さまよい歩いても頼れる人はなく、荒野は広大で果てがない。

归来兮!恐自遗贼些。

帰り来たれ、自ら賊を遺さんことを恐る。

帰って来い。お前が自ら災いを身に招いてしまうのが心配だ。

魂兮归来!北方不可以止些。

魂よ帰り来たれ、北方は以て止まるべからず。

魂よ、帰って来い。北方もまた、留まって身を落ち着けることのできない所だ。

增冰峨峨,飞雪千里些。

増氷峨峨として、飛雪千里なり。

幾重にも積み重なった堅い氷が山のようにそびえ、烈風が舞う雪を千里に吹き散らす。

归来兮!不可以久些。

帰り来たれ、以て久しくすべからず。

帰って来い。北方の寒さは人を殺すから、長く留まってはならない。

魂兮归来!君无上天些。

魂よ帰り来たれ、君天に上ること無かれ。

魂よ、帰って来い。お前は決して天に昇ってはならない。

虎豹九关,啄害下人些。

虎豹九関にありて、下人を啄み害す。

虎と豹が天門の九重の関所を守り、下界から昇ろうとする人を噛み殺す。

一夫九首,拔木九千些。

一夫九首、木を抜くこと九千なり。

九つの頭を持つ一人の大男がいて、一日に九千本の大木を引き抜く。

豺狼从目,往来侁侁些。

豺狼目を従にし、往来すること侁侁たり。

豺や狼は目が縦についていて、群れをなしてざわざわと行き来している。

悬人以嬉,投之深渊些。

人を懸けて以て嬉び、之を深淵に投ず。

彼らは人を逆さに吊るして戯れ、遊び飽きると深い淵に投げ込む。

致命于帝,然后得瞑些。

命を帝に致して、然る後に瞑るを得。

天帝に報告をすませてから、ようやく安心して眠るのだ。

归来!往恐危身些。

帰り来たれ、往かば身を危ふくせんことを恐る。

帰って来い。天に行けばお前の身を危うくするだろう。

魂兮归来!君无下此幽都些。

魂よ帰り来たれ、君此の幽都に下ること無かれ。

魂よ、帰って来い。お前は后土の治めるこの幽都に下ってはならない。

土伯九约,其角觺觺些。

土伯九約、其の角觺觺たり。

幽都の土伯は体が九つに折れ曲がり、頭の角はこの上なく鋭い。

敦脄血拇,逐人駓駓些。

敦脄血拇、人を逐ふこと駓駓たり。

背中は厚く、親指は血に染まり、人を追いかけるときは飛ぶように速い。

参目虎首,其身若牛些。

参目虎首、其の身牛の若し。

三つの目と虎の頭を持ち、その体は牛のように大きく太っている。

此皆甘人,归来!恐自遗灾些。

此れ皆人を甘しとす、帰り来たれ、自ら災ひを遺さんことを恐る。

これらの怪物は皆、人を美味と思っている。帰って来い。お前が自ら災いを招いてしまうのが心配だ。

辞意のまとめ

恐怖が、後に続く安楽との対照に緊張を与える。