漁父
伝 屈原
沢のほとりと醒めること
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屈原既放,游于江潭,行吟泽畔,颜色憔悴,形容枯槁。
屈原既に放たれて、江潭に游び、沢畔に行吟す。顔色憔悴し、形容枯槁せり。
屈原は放逐されて、川のほとりをさまよい、沢のほとりを歩きながら詩を吟じていた。顔色はやつれ、姿は痩せ衰えていた。
渔父见而问之曰:“子非三闾大夫与?何故至于斯?”
漁父見て之に問ひて曰く、「子は三閭大夫に非ずや。何の故に斯に至れる」と。
漁師の老人がこれを見て尋ねた、「あなたは三閭大夫ではないか。どうしてこんな有様になったのか」と。
屈原曰:“举世皆浊我独清,众人皆醉我独醒,是以见放。”
屈原曰く、「挙世皆濁りて我独り清み、衆人皆酔ひて我独り醒めたり。是を以て放たる」と。
屈原は言った、「世をあげて皆が濁っている中で私だけが清く、人々が皆酔っている中で私だけが醒めている。それゆえ放逐されたのだ」と。
枯れ槁びた容貌は放逐の困窮を示し、「独り清し」「独り醒めたり」は屈原がなお堅持する自己判断を表す――外の損傷と内の自守が並置されて、後の処世をめぐる争いの起点が定まる。